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色調補正ひのさん
新潮講座スペシャルinロシア大使館
「戦火のシンフォニー」の真実
講師 ひのまどか  2015年10月15日 ロシア大使館内ホール

この講演会は、ひのまどか著「戦火のシンフォニー」が
第25回新日鉄住金音楽賞特別賞を受賞した記念に
新潮社主催で企画されたものです。

ひのまどか さんは、東京藝大を卒業後にヴァイオリニストとして
東京ゾリステンで活躍、その後音楽関係の執筆活動に入った方です。
私は作品をいくつか読むうちにすっかりファンになっていたので、
この講演についての小さな新聞記事を見つけた時は
とても嬉しく楽しみにしていました。ご本人に会える、お話を聞ける、
しかも会場はロシア大使館!こういう機会でなければ
絶対に入ることさえ出来ない場所です。

当日ものものしい雰囲気で両脇に警察官が立つ門扉から
敷地内に入り、ホールへ。小学校の講堂のような200名ほどの
客席のあるホールの舞台脇にはフルコンと思われる大きなピアノ。
ホールの外にも同様の大きなピアノがありました。壁にかけてあった
風船が何とも言えないロシアの雰囲気を醸し出しています。

ひのさん登場の前に、ロシア大使館の歴史学者コンスタンチン氏のお話。
流暢な日本語でレニングラード封鎖についての概要説明がありました。
そして60万人とも100万人とも言われる多数の死者を出しながらも
市民がレニングラードを守り抜いたという事実がロシア人にとって
大きな誇りであり、大切にしていることを力強く伝えて下さいました。

ひのさんからは、この本の執筆への経緯から始まり、取材中に得た資料、
当時のニュース映像や演奏録音、現地で撮影した写真などをまじえての
詳しいお話がありました。日時や場所、その時の状況などを理路整然と
説得力を持って伝えて下さる様子からひのさんの頭脳明晰さと
取材の綿密さを感じました。当時の爆撃の様子を伝えたフィルム、
次々と餓死者の出る白い地獄と化した首都。
目をそらしたくなるくらい強烈なものを伝えます。
極限状態で音楽を守り抜いた人々の事を伝えたいという思いと同時に、
音楽は何のため、誰のためにあるのか?を自分自身でも考えたい
という言葉が強く印象に残りました。
講演の後にロビーでティーサービスがあり、持参した本に
ひのさんにサインをして頂きました。もちろん「戦火のシンフォニー」も
読みましたが、最近ようやく入手した児童書の伝記シリーズ第1巻目の
「チャイコフスキー」をお見せしたら、よく手にはいりましたね、と
とても喜んで下さいました。ロシア産の温かい紅茶でホッと一息した後に
館外の麻布台の街に出ると、柔らかい秋の空気に包まれて
今まで外国に行っていたかのような特別な気持ちになりました。

■「戦火のシンフォニー」については、続いてご紹介します。


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所用でお昼に丸の内界隈を歩いていると、第一生命ビルの前に
Mozartのポスターが。すぐにピンと来て海老沢先生のお顔が
浮かびましたが、あにはからんや、モーツァルテウムとの共催による
モーツァルト展がひっそりと行われていました。
なんといっても自筆譜を何点か見ることが出来、
中には「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」の2楽章の初稿がありました!
いつものように端正なモーツァルトの自筆です。
今までに何度か自筆譜を見たことがありますが、やはり天才が生き、
実際にペンで記したもの。モーツァルトその人を身近に感じられる
特別な瞬間です。そして目玉はなんとモーツァルト自身がウィーン時代に
使用していたヴァイオリンが本邦初公開されたことにあります。
イタリアのピエートロ・アントーニョ・ダッラ・コスタの手によるもの
とされ、1764年,トレヴィーゾで作られたものです。
ニスの状態もよく、楽譜以上にこれを手にしてアイネクライネを
演奏しているモーツァルトの姿を想像するのはなんとも贅沢なときでした。
短時間しか会場にいられなかったので、夕方予定された
モーツァルテウムのコンサートマスターによるこのヴァイオリンの
コンサートに立ち会えなかったのはちょっと残念でした。
(特別寄稿jn)

びんちゃん
皆様にお知らせです。
モーツァルトの国際的な権威、海老澤敏氏のコレクションの一部が
武蔵野市民文化会館にて12月1日まで展示されています。入場無料。
用事で立寄りした折、偶然にもこの展示会が開催されていることを知り、
早速会場へ。海老澤先生に昨年初めてお目にかかったのも
ここでジャン・ジャック・ルソー展が開催されていたときのことでした。
ご高齢にもかかわらず矍鑠と、そして目を輝かせて語られる
人間モーツァルト。その後のおつきあいではそのモーツァルトについて、
私のような素人の質問にも嫌な顔一つせずに懇切丁寧な説明をして
くださっています。その成果はライヴ・イマジン28で発表させて
いただきますが、なにはともあれ自筆譜を見られるだけでも
大変価値のあるもの。是非ご覧ください。(特別寄稿 j.n.)





こるとう2
20世紀、決して忘れ去られることのできない音楽家、
アルフレッド・コルトーは1952年にとうとう来日ました。
南米での演奏会の後、朝日新聞の主催で25回の演奏会を
行うためです。三つの主要なプログラムは、
(1) ショパンの「練習曲」全曲と「前奏曲」全曲
(2) 種々のロマン派作品
(3) シューマンとショパン
東京と大阪で三回ずつ、ショパンのヘ短調協奏曲、サン・サーンスの
第四協奏曲などによる国内オーケストラとの共演もありました。
下関と宇部での演奏会の時に川棚村に3泊しています。
そして川棚の風景を「こんな美しい夢のような風景は見たことがない。
日本はプレ・ペイ(本当の国)だ」と絶賛し、その海岸の一つの島に
彼の名前をつけ、「孤留島」(コルトー)としました。
その時に「この上なく美しいこの島に、友情によって書かれたこの碑文が、
願わくば絶えず夢の中に住む精神を持った、いちフランス人音楽家の
想いをいつまでもとどめておくことができますように」と記念碑の銘文を
起草しています。川棚温泉ではコルトー没後50年、来日60周年を
「コルトー・Wメモリアル・イヤー」として位置づけ、
多彩な音楽文化イベントを開催するとのこと。
その一環として「コルトー・ホール」の音響改善と、60年前の約束を
守るべく「記念碑」の建立を行いたいとのことで、広く「ご寄付」を
募っています。コルトーの芸術を愛するものとしてこのブログにより、
勝手に応援させていただきました。

連絡先は、「コルトー音楽祭実行委員会 実行委員長 友永 次郎」
〒759-6301 山口県下関市豊浦町川棚5180 
川棚温泉交流センター・川棚の社内
TEL 083-774-3855 FAX 083-774-3856


枠
モーツァルト研究家であり、国立音大の学長を務められた
海老澤 敏さんによるジャン=ジャック・ルソーの展示会が
武蔵野市民文化会館でありました。ルソーについては中学校の頃に
教科書に載っていた「社会契約説」と「むすんで、ひらいて」の
メロディーの作曲者として(実際には原型ではあっても作曲したのは
別人とのこと)、というくらいしか知識をもちあわせておらず、
音楽家でもあり、これで一家をなしていたということは目から鱗の状態
でした。「エミール」「告白」などの代表作の初版本の展示のほかに
「音楽辞典」(これが厚い・7-8cmもあるでしょうか、
本格的なものとしてフランスで初のものとのこと)なるものがあって
目の前でそれを確認することができました。そしてルソーにとっては
写譜が(1万ページ以上がなされたそうですが)生活の収入源と
なっていた時期もあったようで、コピーイストという職業がれっきとして
存在したしるしに、この音楽辞典には7ページにもわたって解説が
なされているそうです。展示品の中にあった「本物」の写譜されたものは
とても美しいものでした。また、オペラ「村の占い師」は、
モーツァルト最初のオペラ「バスティアンとバスティエン」の
下敷きではないのか、とのこと。とにかく「自然に帰れ」という思想家
としてのルソーの音楽家としての一面を観ることのできた、
大変貴重な経験でした。海老澤さんご本人から丁寧な解説をしていただき、
とても贅沢な時間でした。海老澤さん、本当にどうもありがとうございました。

yatchan2003

Author:yatchan2003
2003年から活動開始。
音楽への想いを伝えたい!
お客さまと共に楽しみたい♪
をモットーに進化中。