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2013 / 10
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ギーゼキング
【東芝EMI TOCE-11564】
ワルター・ギーゼキング(ピアノ)

ギーゼキングは私にとって特別の存在ですが、このCDでは
彼があまりレパートリーとしていなかったショパンが
含まれているのが大きな特徴です。バッハ、モーツァルトから
ドビュッシー、ラヴェルまで演奏の水準は何を弾いても
とびぬけたものがあるのですが、グリークの「抒情小曲集」や
メンデルスゾーンの「無言歌集」あたりではもう余人の追随を許さない
ものがあります。大きな体で趣味は蝶々の収集となんとも浮世離れ
しているところも包容力の大きさを抱かせてくれます。
まず、シューマンの「ゆりかごの歌」のうっとりするような
絶妙なルバートは、この人がきっと本当に心優しい人だっただろうな
と感じます。そしてショパン。「子守唄」と「舟歌」、これがまた
なんとも立派な演奏でまるでショパンがドイツ人のように
聴こえてしまうのが面白いところでした。ただ曲にあまり
共感していないなあとも。ピアノ弾きにもやはり得意不得意があるし、
好きじゃない曲は弾かない我儘が許してもらえる、きわめて恵まれた
立場にあることを考えたりしていました。ただしお国のものなら
十八番なんてことは絶対にありませんね。
それを言い出したら日本人のいる場所はなくなりますから。



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ブーニン
「カーテンコールのあとで」 
スタニスラフ・ブーニン著  松野明子訳
主婦と生活社刊

ブーニンが1985年のショパンコンクールを19歳で制覇したことは
まるで昨日のことのように記憶に残っています。
NHKで放映された、協奏曲の熱狂のあとアンコールで弾いた
小犬のワルツは猛烈なテンポと鮮やかさで圧倒しました。
その後西ドイツに亡命、さらにごひいきの日本に在住(?)という30年
の間にブーニンはどこかその演奏に棘があるようになってしまいました。
ふと手に取った古い本でしたが、この内容はなかなか濃いものがあります。
幼少からコンクール、そして亡命までを、横軸に、音楽を縦軸にして
織り上げたもので、特にソヴィエトの政治体制下での音楽家への締め付けは
想像していた以上です。ロシアンピアノスクールとしてリヒテル、
ギレリス、キーシンをはじめとする超一級のピアニストを生み出した
イメージの国とのギャップの大きさに愕然とします。
結果として亡命をするしかなくなったブーニンですがその過程は
まるで映画の一場面を見ているようで、この本のハイライトです。
音楽について語っている印象深いセンテンスを引用します。
ブーニンがショパンの前に行われたロン・ティボーコンクールで
優勝した時に弾いた協奏曲はリストやチャイコフスキーではなく、
なんとモーツァルトのK488(!)でした。いわく、「私がこのオーケストラと
協奏するうえで、とても参考になった1枚のレコードがある。
ピアノのパートを演奏しているのが、尊敬するギーゼキング氏。
その天分とモーツァルトの音楽の解釈にかけて、今日でもまだ彼の右に出る
ピアニストはいないと思っている。モーツァルトのスタイルとピアニストの
音楽スタイルが一体化していて、両者の間に溝を感じない。双方がしっかり
結びついている。しかもごく自然に。~中略~浴びせかけられるような
聴衆の拍手を、私はそっくり、ワルター・ギーゼキング氏に捧げたかった。
このときから私は彼を、心の師と仰ぐようになる。周りに実在する先生たち
同様に、大切な師の一人となったのだ。」
まったく同感で嬉しくなってしまいましたが、このときブーニン17歳。
この演奏を理想としたことに天才の片りんをみました。

チェルカスキー
【DECCA 448 401-2】
ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番 ニ短調、Op.30 ほか ピアノ小品
シューラ・チェルカスキー(ピアノ) 
ユーリ・テミルカーノフ指揮 ロイヤル・フィルハーモニック管弦楽団


チェルカスキー、1909年生まれ、そしてこの録音は1994年に
なされたものです。いわゆるヴィルティオーゾ世代最後のピアニスト
として、長寿を全うしました。チェルカスキーの師はこの第三協奏曲を
ラフマニノフから献呈されたヨーゼフ・ホフマンです。
心から慈しんで演奏をしている、美しさがそのまま語り掛けるような演奏に
音楽を通じた人生の達観すら感じることが出来ます。
トータルの演奏時間は47分弱にもなります。
一方、キレの良いそして技巧も十分に楽しませてくれたスティーヴン・ハフ
の有名な録音(ハイペリオン)は38分台であることを思うと
いかに慈しんで演奏していようと、やはり構成力の弱さを露呈して
しまうのは惜しい感じがします。ただタッチもしっかりしているし、
意志もしっかりと音に込められていて、伝えたかったものをしっかりと
受け止められます。そう、晩年のホロヴィッツもそうであったように。
余白には同じラフマニノフの小品が5曲収められています。
やはり楽曲に対する共感といくばくかの寂寥感をにじませながら・・
聴き惚れました。これが1995年、シューラ・チェルカスキー86歳の
ファイナルレコーディングでした。

オーボエ
レクチャーコンサートのお知らせです。
日本オーボエ協会理事の成澤良一さんは、
2009年1月「ライヴ・イマジン7特別公演・仮面舞踏会」の折に
大変お世話になりました。
今春ドイツから帰国したばかりの江頭尚子さんのオーボエと
ライヴ・イマジン吉田康子のピアノで演奏と
成澤さんのレクチャーによるコンサートです。

なお、会場は、定員50名ほどの小さいサロンでの
有料公演になります。お問い合わせ、お申込みは、
お名前、住所氏名と希望枚数をお書き添えの上、
liveimagine@yahoo.co.jp までお願いします。


日本オーボエ協会 協力事業 シンポジウム・コンサート 第1回
「オ ― ボ エ が 日 本 に や っ て 来 た!」
~明治の人達が聴いた音、奏でた調べ~

2013年(平成25年)11月9日(土)午後2時   
自由が丘・大瀧サロン 参加費一律1000円


講演     成澤 良一 「探訪・日本オーボエ史」
       (<パイパーズ>No.297-304号)著者

オーボエ演奏 江頭 尚子  武蔵野音大・ハンブルク音楽院卒、
       元ノイブランデンブルク・フィル

ピアノ伴奏  吉田 康子  武蔵野音大卒、
       室内楽シリーズ「ライヴ・イマジン」同人   

*明治の洋楽器導入で、なぜオーボエが出遅れたのか?
*先駆者となった古矢弘政(1854-1923)、島田英雄(1881-1943)の
 出自。
*陸海軍の軍制と軍楽隊システムの「ねじれ」
*明治44年に華族会館で演奏された「ヴェルラウスト」と
 演奏者「栗原」の謎

演奏曲目
 ■古矢弘政作曲 儀典曲「國の鎮め」(ピアノのみ)
 ■ギヨー(Georges Guilhaud, 1851-?) 作曲
  「コンチェルティーノ」
 ■メンデルスゾーン(Mendelssohn) 作曲 
   オラトリオ「聖パウロ」より「エルサレムよ」
 ■グリーグ(Grieg )作曲 
  「ペール・ギュント」より「ソルヴェーグの歌」
 ■ヴェルー(Stanislas Verroust, 1814-1863) 作曲 
  「演奏会用独奏曲第2番」

yatchan2003

Author:yatchan2003
2003年から活動開始。
音楽への想いを伝えたい!
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