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2014 / 08
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フーツォン
「望郷のマズルカ」
激動の中国現代史を生きたピアニスト フー・ツォン
森岡 葉 著 ショパン刊

フー・ツォンの名前はピアノ好きの人なら一度くらいは
耳にしたことがあるかもしれません。
でもその演奏をたとえ録音であっても積極的に
聴いたことのある人は少数派だと思います。
日本においてはやはりご当地主義みたいなものがはびこり、
東洋人が西洋音楽をやることは、本質的には無理なのかもと
どこかで思っている。こうなるとプロだけではなく、
私たちアマチュアも身の置き所がなくなってしまいます。
でもこの本には実はこの本質的な問いかけにたいする
明確な答えが用意されていました。
-東西の文化は、その最も高いところで相通じているのです-、
この言葉は自国の文化に深い理解と感動を持たぬ人には
西洋文化も理解できないこと、そして-最初に人であれ、
次に芸術家であれ、その次に音楽家であれ、
最後にピアニストであれ-というくだりにつながっています。
文化大革命の犠牲になった偉大なフー・レイを父にもち
深い教養を身につけたフー・ツォンの言葉は
直接心に語りかけました。
この本には嬉しいことにCDが付属していました。
ショパン、モーツァルト、ドビュッシー、スカルラッティなどが
並べられています。そのタッチは決して美しいものとは
感じません。しかし出てくる音楽は燃え上がるような情念、
青白い炎のような情熱、瑞々しい情緒、すべてに
この「情」という文字が形容します。
私には少ししんどい音楽ですが、これはライヴでこそ
聴かれるべきなのでしょう。この本は激動の現代中国史として
読むこともできますがラン・ランやユンディ・リが
突然出て来たわけでありません。
何があっても決してとだえることのなかったともし火。
著者の森岡さんは立派な仕事をしてくれました。




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ガヴ伴奏
【ポリドール POCG1756】
ブリテン 「金曜日の午後」「ヨット競走」
「ゴールデン・ヴァニティ号」他
ペーター・マルシック指揮 ウィーン少年合唱団
アンドレイ・ガヴリーロフ(ピアノ)

無知をさらすようで恥ずかしいのですが、
最初はピアニスト、ガヴちゃんことガヴリーロフのCDを
探していて出会いました。このCDを手に取った時には、
ドイツ・グラモフォンがブリテンの作品を、ウィーン少年合唱団が歌い、
牛刀をもったガヴちゃんが伴奏に??という感じで興味津々でした。
でもタイトルだけ見てもとても楽しそうな題名がついているし、
クレーのCDジャケットもとても魅力的なものです。
こうやってCDをひとつの作品、パッケージとしてみるなら
ダウンロード文化にはない慈しみがあります。
「金曜日の午後」は子供たちのための合唱曲が
まるでカレイドスコープを覗いているよう。
でも伴奏をしているガヴちゃんの重いタッチは曲に安定感を与え、
この曲を芸術的な一流品にまで高めます。
ガヴリーロフは彼の師であり、親友であったリヒテルを通して、
ブリテンの作品に親しみ、歌曲伴奏などもしていたようです。
なるほどと合点しました。さて、「ゴールデン・ヴァニティ号」は
副題に古いイギリスのバラッドによる少年たちとピアノのための
ヴォードビルとあります。ウィーン少年合唱団の委嘱により
作曲されたもので、ガヴちゃんはモスクワでの演奏にも加わっている
とのことで、最初の??が解けて合点がいきました。
対訳で筋を追っていくととても面白いものです。
オペラとしての筋書きもあり見事な音楽的な演出の腕前。
一流品はやっぱりちがうものだなと思った次第。
ブリテン、ウィーン少年合唱団、ガヴリーロフ、これって
どれか一つ欠けてもこれほどの感銘を与えてくれなかったでしょう。
いつか上演されるときにはぜひ見てみたいものです。


プレイエル
【Alpha 040】
ショパン マズルカ、ワルツ と 舞曲集
アルトゥール・スフォーンデルヴェルト
(フォルテピアノ;1836年 プレイエル)


素朴な演奏スタイル。
現代の切れ味の鋭い颯爽とした表現ではなく、
ぬくもりを感じさせるプレイエルの響きは
ロ短調のポロネーズOp.26-2からさえ、ショパンの慟哭、
怒りという激しい感情を包んでしまっているような
感じを受けます。スフォーンデルヴェルトというとても覚えにくい
長い名前のピアニストは、その名前故、逆に得をしている
部分もあってこれまでモーツァルトなどフォルテピアノを
弾いている録音にそれなりの評価をしてきました。
ただここで弾いているものがたとえ舞曲であっても、
ショパンから鬱積した哀しみみたいなものを取り去ってしまった時に
何が一体残るんだろうか?逆にショパンの音楽の中から
そういうものを取り去り、残ったものの中には
決して人の心を鷲掴みにするようなものはないことを実感しました。
その時代のものを使うからこういう表現になったのではない、
フォルテピアノそのものはもっと多彩でいろいろな表現手段があるし、
それを私たちは知ってしまっています。
ただここにあるように、同時代の楽器を使って演奏する
ということがあたりまえのことのようになってきつつあります。
では現代の恐ろしく機能的になったピアノは
いったい何を弾くためにあるのでしょう?
ピエール・ブーレーズ?エリオット・カーター?



日本ノコルトー
【BMG BVCC-37439-40】
コルトー・イン・ジャパン 1952
ショパン
・ポロネーズ第6番 変イ長調 Op.63 『英雄ポロネーズ』
・幻想曲 ヘ短調 Op.49
・スケルツォ第2番 変ロ短調 Op.31
・スケルツォ第3番 嬰ハ短調 Op.39 ほか
シューベルト、メンデルスゾーン、ブラームス、リストなどの作品
 アルフレッド・コルトー(p)
録音:1952年12月1,3日 東京、日本ビクター築地スタジオ

コルトーの来日時の録音をようやく聴くことが出来ました。
もうかなりお歳を召してからの来日だったわけですが(75歳)、
リサイタル、コンチェルトなど合計34回のコンサートを
2ヶ月余りに渡って開いているのみならず、
その場に立ち会うことのできなかった私たちのために、
日本で録音を遺してくれていたことにただただ感謝あるのみです。
下関と山口の演奏会の折、豊浦町を訪れ、自然の美しさに感動した
コルトーが町から孤留島(コルトー)を寄贈されたエピソードは
もうひとつの滞在中の置き土産です。
(http://www.toyoura.net/feature/01/index.html)
演奏は思った以上に(失礼)テクニックの衰えもなく、
見事なコルトー節を披露しています。もちろん早いパッセージに
指が回らなかったり、オクターブを滑ったりはやってくれていますが、
こういうものだと思ってしまえば大したことではないことに気づきます。
もっともメンデルスゾーンの「厳格な変奏」や
リストの「ハンガリー狂詩曲」をこれほど見事に弾けるのに
どうしてかなあとも思いますが。
シューベルトの「連祷」の深い祈り、ブラームスの「子守唄」や
ショパンのスケルツォの中間部にみられるコルトーにしかできない
絶妙なルバート。作曲家の間宮芳生さんが神業と呼んでいる
特別なものがここにあるのを再確認することができました。



yatchan2003

Author:yatchan2003
2003年から活動開始。
音楽への想いを伝えたい!
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